近年、トランスジェンダーをめぐる言説は世界的に厳しさを増しています。SNSや政治の場では、誤解や偏見に基づくバッシングが目立ち「トランスを扱うこと自体がリスク」と捉えられる空気も広がっています。エンターテイメントの世界も、その影響が無縁ではありません。

海外データが示す、表現の「減少」と「再編」
海外の調査を見ると、状況は単純ではありません。アメリカのテレビ・配信作品では、トランスジェンダーの登場人物は一部で増えつつある一方、継続作品や主要キャラクターとしての起用は減少傾向にあります。
映画分野ではさらに顕著で、大規模な商業映画において、トランスジェンダーの明確な登場人物がほぼ確認されない年もあります。これは「理解が後退している」だけでなく、炎上回避や市場の保守化により、挑戦的なテーマが選ばれにくくなっている構造的な問題でもあります。

それでも、あえてトランスを描く意味
では、なぜ今もトランスジェンダーをテーマにした作品をつくるのでしょうか。
それは、エンターテイメントが「誰かを説得するための武器」ではなく「人の人生を具体的に想像する入口」だからです。舞台や音楽、物語に触れたとき、観る人は初めて“ひとりの人間”としてその存在を感じます。その体験は、数字や議論以上に深く心に残ります。

Seraが当事者とともに舞台に立つ理由
Seraが演劇や音楽、ステージを続ける理由は明確です。
現在のエンターテイメント業界では、トランスジェンダーの席はまだ圧倒的に少なく、当事者が創り手・演じ手として継続的に関われる場は限られています。
だからこそSeraはトランスジェンダー・ノンバイナリー当事者の表現者を積極的に起用し、当事者が物語の中心に立つ作品づくりを大切にしています。それは特別扱いではなく「当たり前の選択肢」を増やすための実践です。
表現をやめないこと。舞台に立ち続けること。
それは静かな抵抗であり、同時に未来への投資です。Seraはこれからも、エンターテイメントの力を信じ、人と人が出会い直す場所をつくり続けます。

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